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最高裁判所第三小法廷 平成6年(あ)87号 決定 1994年4月19日

本店所在地

大阪市中央区備後町三丁目二番八号

大谷興産株式会社

右代表者代表取締役

金銅克己

本店所在地

大阪府東大阪市足代一丁目一二番一四号

大農建設株式会社

右代表者代表取締役

山中正二

国籍

韓国

住居

大阪市阿倍野区北畠一丁目七番一二号

会社役員

梁廣相

一九三五年三月二七日生

右の者らに対する各法人税法違反被告事件について、平成五年一一月二六日大阪高等裁判所が言い渡した判決に対し、被告人らから上告の申立てがあったので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件各上告を棄却する。

理由

弁護人小嶌信勝、同小林照佳の上告趣意は、量刑不当の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。

よって、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 大野正男 裁判官 園部逸夫 裁判官 可部恒雄 裁判官 千種秀夫 裁判官 尾崎行信)

平成六年(あ)第八七号

○ 上告趣意書

罪名 法人税法違反 被告人 大谷興産株式会社

罪名 同 被告人 大農建設株式会社

罪名 同 被告人 柳川博嗣こと

梁廣相

右の者らに対する頭書被告事件について、上告の趣意は、左記のとおりである。

平成六年三月八日

右被告人ら弁護人

弁護士 小嶌信勝

同 小林照佳

最高裁判所第三小法廷 御中

第一 上告趣意の要旨

原判決は、以下陳述するように、刑の量定が甚だしく不当であって、これを破棄しなければ著く正義に反する。

第二 刑の量定が甚だしく不当である理由

一 原判決の説示する量刑の事情

原判決は、第一審裁判所が

「被告人大谷興産株式会社を罰金七〇〇〇万円に、被告人大農建設株式会社を罰金六五〇〇万円に、被告人梁廣相を懲役二年四か月及び罰金七〇〇〇万円に処する。

被告人梁廣相につき、罰金を全部納めることができないときは、二〇万円を一日に換算した期間労役場に留置する。」

旨の判決を言い渡したのに対して、第一審判決が被告人らに対する量刑の事情として説示した諸事情をおおむね是認した上、

<1> 本件は、被告人梁が代表取締役又は実質的経営者として業務全般を統括していたいずれも不動産販売等を営業目的とするグループ会社三社の二期ないし三期(延べ七期)にわたる法人税をほ脱した事案で、その脱税額は、合計で一〇億円を超え、極めて高額であり、その脱税率も、第一農林の平成元年三月期の分を除くと、平均八九パーセント余りにのぼる高率であって、このような本件の事案自体からして、被告人梁の刑責は甚だ重い。

<2> 本件のような脱税犯処罰の目的が、国の租税収入の侵害及び公平な租税負担義務の違反に対する非難とその防止にあることに照らすと、脱税事犯の量刑において、やはり脱税額及び脱税率は、最も重視すべき要因である。

<3> 本件脱税の動機は、主として、予想された不動産業界の不況に備えて利益を社内に留保しておこうとしたことにあり、被告人梁個人の蓄財を図ったのではないこと、既に本件脱税にかかる本税及び付帯税のほか関係地方税の大半が納付され、その残りの納付についても被告人梁において努力していることが認められるが、これらの事情に加えて、被告人梁が本件関係会社の経営等に欠くことのできない立場にあることや、被告人梁の健康状態、家庭状況等の諸事情を十分考慮しても、本件事犯自体からしての被告人梁の刑責の重大さに照らせば、懲役刑についてその執行を猶予すべき事案とは認められず、懲役刑の刑期及び罰金額においても重過ぎて不当であるとは認められない。

<4> 被告人大谷興産株式会社及び同大農建設株式会社についても、被告人大谷興産株式会社の脱税額は、二期分の合計で三億三六七〇万円を超え、その脱税率は平均九三パーセントの高率であり、また、被告人大農建設株式会社の脱税額は、二期分の合計で三億二二四〇万円を超え、その脱税率は平均八〇パーセント以上の高率であって、両社とも、既に本件脱税にかかる本税及び付帯税のほか関係地方税の大半を納付していることや、本件脱税期以後、経済不況により収益を挙げていないこと等の諸事情を考慮しても、原判決の量刑は、いずれも、重過ぎて不当であるとは認められない。

旨説示して、弁護人の各控訴を棄却した。

二 原判決の刑の量定が甚だしく不当である理由

次に述べるように、被告人梁及び被告会社らには、いずれも、懲役刑については、刑の執行を猶予するのを相当とする事情、罰金刑については、更にその金額を軽減するのを相当とする事情が存する。

1 被告人梁について

(1) 第一農林グループ三社における被告人梁の不可欠性について

第一農林株式会社、大谷興産株式会社及び大農建設株式会社の三社(以下「第一農林三社」という。)は、昭和五八年ころから、被告人梁の長年にわたる誠実な努力と信用が評価されるとともに、その人柄によって、営業面においては住友・三井・安田・中央・東洋各信託銀行及び大和銀行等、一流の金融機関の不動産部との取引が開始され、また、(株)大林組、(株)長谷工コーポレーション、(株)ニチモ、住友不動産(株)、伊藤忠ハウジング(株)、東急リバブル(株)、帝人殖産(株)等上場企業との取引がなされ、業界では知名度も高まり、中堅上位の地位を占めるに至った。

一方、金融面においても、被告人梁の長年にわたる厚い信用と個人保証によって、第一農林グループ三社に対して、延べ二一行に上る金融機関の積極的な支援を受けてきたのであるが、国の行政の国土法強化策により、不動産に対する金融総量規制、税制面の強化が発端となって、バブルが崩壊し、不動産業界は予想以上の壊滅的打撃を受け、第一農林グループも、その影響を受けざるを得なかった。

このような一大不況の中にあって、第一農林グループ三社の平成四年一一月三〇日現在における借入金は、合計約一二四億六三〇万円余に上り、これに対する金利負担は余りにも大きく、年間金利は、合計約一一億一八〇万円となった。そのため、相互信用金庫、朝銀大阪信用金庫には、平成四年一〇月までの金利相当額の融資措置をしてもらい、大阪東和信用組合、信用組合大阪商銀の各金融機関でも、物件融資の際の担保定期預金を解約して、金利への充当と借入金元金返済に充当する措置を講じ、また、各金融機関に対する金利の減免を図るため、貸出金利率の改善を講じてもらった。その結果、その後における支払利息の合計は、金利引き下げ前に比較すると、年間で約一億六四八〇万円の軽減となったのであるが、それでもなお、年間の支払利息の合計は、約九億三七〇〇万円に上っているのである。

第一農林グループでは、現在、金利支払いのためにあらかじめ同グループが振り出した約手を支払決済する方法により、大阪商銀及び大商リースに対して、平成七年七月末まで毎月一三二六万円余の金利の支払いを要する状態であり、このほか、各金融機関の了解の下に、現時点でなし得る誠意の一端として、各金融機関に対しての金利の一部の支払を続けているが、これらの金利支払い等に、毎月約二〇〇〇万円の支払いを続けていく必要がある。

ところで、現在、第一農林グループ三社の毎月の収支は、固定収入であるマンション賃貸収入が約一一九〇万円に対して、支出は、人件費約五五〇万円、諸経費約五〇〇万円、税金約一四〇万円であり、余剰金は零の状態である。従って、被告人梁自身が、毎月の不足金約二〇〇〇万円を、自己の営業努力と信用によって調達し、何とか凌いでいるが、金融機関に対しては、不本意ながら支払停止の措置を採らざるを得ない状態である。また、本件で起訴された脱税額は、合計一〇億円余であるが、それに重加算税等が加わるために、納付すべき税金の額は、約二三億四〇〇〇万円余にも上り、そのうち、平成五年九月三〇日現在、約一八億六四一三万円余を納付したものの、なお、約四億七九七九万円余の未納の分納金があり、毎月分割納付のために苦慮している実情である。

不動産業界の景気回復までには、今後なお、三年ないし五年を要すると言われているために、第一農林グループ三社では、被告人梁を抜きにしては、会社の存続は全く考えられないのである。このような危機的状態のときに、万一、被告人梁に対する実刑が確定して、同被告人が収監されると、毎月の資金不足約二〇〇〇万円の調達が不能となって、前記大阪商銀に対する支払手形を決済する資金に窮して不渡りとなることが明らかであり、また、金融機関は、被告人梁の厚い信用力により支払猶予をしてきたが、その支柱がなくなると、金融機関による抵当権の実行、国税当局等税務当局による差押物件の公売という最悪の事態を招くことは必至であり、また、前記一流信託銀行をはじめ大手取引先が取引停止を通告してくることも必至であり、かくては、第一農林グループは、倒産崩壊に追い込まれることは、火を見るよりも明らかである。さすれば、前記未納税金の納付が不能になるばかりでなく、罰金刑の罰金の支払いも不能となり、三二名の全社員と一二〇名の家族が路頭に迷う死活問題にもつながり、また、各金融機関は言うに及ばず、取引先及び一般顧客に対しても、多大の被害を与えることになることは必定である。

このように、被告人梁は、第一農林グループ三社を存続させ、多額の借入金の返済、未納税金の納付、本件による被告人梁及び法人に対する罰金刑の罰金の納付をするためには、絶対に不可欠の人物である。もし、被告人梁が実刑判決の確定により収監されると、これらがすべて履行不能になることは必須であり、第一農林グループが倒産すると、同グループに融資した金融機関も、連鎖倒産する危険があり、そのようなことになれば、未納税金の徴収不能等により、国の財政的損害が非常に大きく、角を矯めて牛を殺すことになりかねない。

(2) 本件犯行の動機・目的の特殊性-脱税所得の社内留保-について本件の脱税額は、

第一農林関係で、計三億四四七一万二一〇〇円

大谷興産関係で、計三億三七三二万二五〇〇円

大農建設関係で、計三億二二四六万二一〇〇円

三社合計で、一〇億〇四四九万六七〇〇円

に上り、脱税率も高いのであるが、既に、第一審及び原審の審理を通じて明らかにされているとおり、その犯行の動機は、個人的に利得を私することにあったのではなく、専ら、不動産業界の来るべき不況期に備えての、利益の社内留保にあったもので、かつ、実際にも、大部分が社内に留保されていたものであり、脱税によって、簿外に財産を隠匿したり、被告人梁個人の利得として温存したりしたものではないのである。この点、この種高額の脱税事犯としては、極めて稀な事案である。

すなわち、被告人梁は、昭和六二年ころから、いわゆる「総量規制」ということで大蔵省の不動産業界への融資の規制が強化され、次いで、同年夏には、土地重課税の二〇パーセントから三〇パーセントに強化され、更に、同年一二月一日から国土利用計画法による監視区域が拡大され、三〇〇平方メートル以上の売買がすべて届出制となるなど、相次ぐ規制強化が実施されたため、将来への危機感を強く覚え、その上、韓国人であるために、規制強化に入ってからは、金融機関の融資の際に差別扱いを受けて選別融資の対象にされることが必至であったことから、やがて訪れる不況期に備えて、第一農林グループ三社の倒産を防止し、その存続を図るためには、不動産好況期に得た利益を社内に留保して会社を守るしか、他に良策はないと考えて、本件犯行に及んだものである。

大阪国税局及び大阪地方検察庁特別捜査部が徹底的に調査・捜査を尽くした結果、被告人梁が個人的に利得したものとしては、一部、第一農林グループ三社の表経理では支出できにくい「簿外経費」の支出のため簿外に留保保管していた資金のうちから、韓国の郷里の先祖の墓を建立した費用等数百万円を支出しているに過ぎず、その余の大半は、社内に留保されていたことが明らかになっている。

右のとおり、被告人梁は、第一農林グループ三社で、合計一〇億円余に上る脱税をしていながら、被告人梁個人のために費消したものは、極めて僅かであって、通常の多額脱税事犯にありがちな、個人利得・個人費消というような悪質な状況はないにひとしく、このような社内留保があったればこそ、予想を超えるバブル経済の破綻、不動産業界の大不況が訪れているにもかかわらず、これまでに一八億円余に上る税金を納付することもできたのである。

(3) 本件犯行の手段・方法の稚拙性について

既に、第一審及び原審の審理によって明らかにされているように、本件被告人梁は、会計・経理の知識が皆無にひとしく、本件脱税についても、経理担当者に対して、税金をできるだけ安くして、利益を社内に留保するようにという指示をするだけであった。そのため、経理担当者が考えて実際に行なった脱税の方法も、主として、第一農林グループ三社間における売買の際に、「仕入れの水増」記帳と「売上金額の圧縮」記帳をする方法によっただけであって、通常行われているような、相手方と通じた「二重の契約書の作成」等の巧妙で発覚しにくい方法は採っていないのである。従って、当然のことながら、税務調査が行われれば、いともたやすく脱税が発覚するような、稚拙なものであったのであり、このような手段・方法の稚拙性は、被告人のために酌むべき犯情として考慮されるべきものである。

(4) 第一農林グループ三社の納税状況について

被告人梁は、前記のとおり、脱税によって得た利益のほとんどを、来るべき不動産不況に備えて社内に留保しており、そして、このようにして社内に留保していた資産は、すべて税金として納付した。そのため、平成五年九月三〇日現在までに、国税本税・付帯税・国税延滞税・地方税について納付すべき税金合計二三億四三九二万六七〇〇円のうち、一八億六四一三万〇七一一円を既に納付済みであることは、原審において弁護人から立証したとおりである。このように、起訴された脱税額を大幅に上回る税金を既に納付しているほか、更に、重加算税等の付帯税があるために、残四億七九七九万円余を分割で納付中である。

(5) 被告人梁の健康状態及び家庭の事情について

被告人梁は、昭和四二年ころ、大阪府八尾市渡辺病院で「若年性本態性高血圧症」と診断され、その後、大阪赤十字病院で「高血圧症・糖尿病・高脂血症・高尿酸血症」と診断され、昭和五六年、同五九年、同六一年、同六二年に、それぞれ大阪赤十字病院へ入院し、入院していないときは、同病院等へ通院して治療を受けているほか、昭和六二年一一月から平成六年三月までの間、八回にわたり、食事療法を行なっている兵庫県津名郡五色町所在の「五色県民健康村健康道場」(神戸大学医学部系)に入道して、療養の措置をとった。(最近における平成六年二月二二日から同年三月一日までの入道の事実について、末尾に、別紙一「滞在証明書」を添付する。)

このように、被告人梁は、二〇年来、高血圧症等により、一年に数度の入・退院(入・退道を含む。)を繰り返しており、血圧の数値は、最高一九〇ないし二一〇にも達したことがあり、特に、平成四年一〇月一五日に実刑の第一審判決を受けてから、ストレスがひどくなり、平成四年一二月四日、近畿大学医学部付属病院で、「多発性脳梗塞」の診断を受けている。

この「多発性脳梗塞」には、ストレスの溜ることが最も悪影響を及ぼすものであるが、家庭的には、被告人梁の妻がリューマチ等により病弱であって、その看護の心配があり、会社経営関係では、多額の第一農林グループの借財の返済問題を抱えており、税金関係では、未納の税金の納付問題が残されており、その他、長男が医科大学に在学中であるものの、もし本件で実刑に服しなければならないこととなった場合には長男が退学せざるを得ない羽目になりかねないなど、「多発性脳梗塞」に最も悪いストレスの原因となることが重なっている。

ちなみに、被告人梁は、最近、従来に増して体調がすぐれないため、以前から診察を受けている大阪市浪速区桜川四丁目六―一二番地「有田医院」医師有田繁広の診察を受けたところ、「多発性脳梗塞、高血圧症、糖尿病、急性肝機能障害により、入院、加療を要する見込みである。入院期間は、一か月ないし三か月を要する見込である。」旨の診断がなされ、病院のベッドが空き次第入院するよう、医師から勧められている状況である。(末尾に、別紙二・医師有田繁広作成の「診断書」並びに、別紙三・株式会社ビー・エム・エルによる「血液学、生化学、尿検査」票一通及びその添付報告書三葉を添付する。)

被告人梁の病状は、右のような状態であり、その上、前記のような心配ごとを抱えて服役することとなった場合、獄中で「脳梗塞」となることもないとは言えず、そのような事態となった場合には、被告人梁自身の人生が破滅になるばかりでなく、その家庭も生き地獄のような状態になることは明らかで、一脱税事件の結末としては、余りにも悲惨というべきであるので、この点に特に御しん酌を賜わりたい。

(6) 同種他事件に対する判決結果等との比較について

原判決は、本件における脱税額が多額であり、脱税率も高率であるから、被告人梁に対する懲役刑については、その執行を猶予すべき事案とは認められず、各被告人らに対する罰金刑も、重過ぎるということはない旨説示しているが、他の同種の事件に対する裁判例等を見てみると、次のとおりである。

<1> まず、平成四年七月八日の各新聞紙に、東京地方裁判所において、脱税額三七億円に上る脱税事件について、「脱税額が三七億円と群を抜いて巨額であり、所得隠匿工作も大規模・複雑巧妙で、非常に悪質である」として「違反法人の不動産会社に対して戦後最高の罰金八億円を課し、当該社長に対して懲役三年六月(求刑同四年)の判決を言い渡した」と報道され、公知の事実となっている。

このように、本件の約三・七倍もの巨額の、しかも悪質な手口の脱税事件の法人社長に対する第一審の検察官の論告求刑が懲役四年であるのに、これより遙かに脱税額が少なく、その脱税の手口も稚拙な本件において、法人グループ社長である被告人梁に対し、右事件と同一の懲役四年及び罰金一億円の求刑がなされているのであって、この第一審における検察官の論告求刑が、本件の第一審及び原審の量刑に及ぼしている影響は、無視し得ないものと考えられる。

<2> 高額の脱税事件ではあっても、刑事訴訟法第二四八条の「犯人の性格、、年齢及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の状況により訴追を必要としないときは、控訴を提起しないことができる」との規定に準じて、本件よりも情状の重い事例について、各般の情状をしん酌して、刑の執行猶予の情けある裁判をした事例があるのである。

この点について、大阪高等裁判所における最近の裁判例を調査したところ、本件の量刑について極めて参考になると思われる次の二例がある。

ア 株式会社エスティーイー及び外池新吉に対する法人税法違反事件

この事件は、法人の脱税金額が、合計一三億六〇八二万四九〇〇円で、平成元年四月二五日、神戸地方裁判所において、法人に対して罰金三億円、外池に対して懲役二年の実刑判決をしたのに対し、平成二年七月一三日、大阪高等裁判所において、外池に関する部分を破棄し、外池に対し、懲役二年、ただし四年間刑執行猶予の判決を言い渡したものである。

この事件の犯行の態様は、「脱税により捻出した資金は、被告会社の従業員の簿外給与や賞与の支給、得意先のレストラン等の関係者に対する交際費等に使う他、簿外で開設した仮名、借名の預金口座に入金していた」もので、判決では、その態様は悪質といわなければならないと判示されているが、犯行後の情状をしん酌して一審の実刑判決を破棄して、執行猶予の温情ある判決を言い渡しているのである。

この事件と本件とを比較すると、本件は、脱税額にして約三億円少なく、また、犯行の動機・手段方法は、本件の場合のほうが遙かに情状が良いのである。

イ 籔本秀雄に対する法人税法違反事件

この事件は、医療法人の脱税額が合計一二億三〇五三万円余であるほか、二億八〇七三万円に上る背任・業務上横領並びに私文書偽造・同行使、診療放射技師及び診療エックス線技師法違反が付加された事案で、昭和五八年四月一三日、大阪地方裁判所において、籔本秀雄に対して懲役二年の実刑判決を言い渡したのに対し、昭和六一年七月三一日、大阪高等裁判所において、籔本秀雄に関する原判決を破棄して、懲役二年、ただし五年間刑執行猶予の温情ある判決を言い渡しているのである。

この事件と本件とを比較すると、本件は、脱税額にして、約二億円余少なく、犯行の動機・手段方法に至っては、本件のほうが比較にならないほど情状が良いのである。

この事件の脱税の犯行の態様の主たるものは、医療品納入先からのリベートを簿外にしたものであり、その使途は、被告人個人の用途に費消したほか、妻に仮名で有価証券を購入させていたものであり、しかも、脱税の発覚をおそれて、関係の取引先から虚偽の書類を徴し、医療法人の会計帳簿を偽造し、本件脱税調査着手後も、関係者に働きかけて口裏を合わせるなどしていたものである。また、情交関係のある女性と共謀して、背任・横領によって得た二億八〇〇〇万円余は、その女性に一億円を贈与したり、その他、情婦に対する贈り物の購入に費消したりしているのである。

以上の二件と本件とを比較すれば、本件のほうが、脱税額も少なく、犯行の動機・態様については、本件のほうが遙かに憫諒すべき事情があると思料する。

(7) その他の諸情状について

<1> 被告人梁の社会的貢献度について

被告人梁は、本件に至るまで、韓国人として差別されながらも、真剣に事業に精励して、社会的に多大の貢献をしており、本国からその功績を認められて、大韓民国大統領から「国民勲章冬柏賞」を受賞している。

また、被告人梁は、昭和五五年五月一五日、大阪帝塚山ライオンズクラブに入会し、その後、昭和六二年六月一〇日、宝塚王仁ライオンズクラブヘ所属変更して現在に至っており、地域社会の奉仕活動を熱心に行なっている。

<2> 被告人梁の改悛の情が顕著であることについて

被告人梁は、本件で大阪国税局査察部から調査を受けることとなるや、ごく一部の証拠資料に納得のいかない点があったものに関する部分を除き、脱税した事実については、終始、率直に認め、また、脱税によって会社に留保していた利益中、換金できるものはすべて換金して、既に、本年脱税額のほぼ倍額に近い金額を納付済みであり、未納分についても、可能な限り借入金等により資金を捻出して、分割納付に鋭意努力中であり、総じて、改悛の情は極めて顕著である。

<3> 被告人梁に対する社会的制裁について

被告人梁は、平成二年七月四日付け各新聞朝刊に、第一農林グループ三社及び被告人梁が本年脱税事件により起訴された記事を一斉に掲載・報道され、この報道によって、第一農林グループ及び被告人梁は、それまでに築いてきた信用と栄誉を一挙に失墜した。しかも、関係の各種の取引は中止され、各金融機関からの融資もすべてシャットアウトされ、経済的に決定的なダメージを受けた。

更には、本件脱税によって、本税一〇億円余のほか、重加算税等が付加されることとなって、納付すべき各種税額の合計は二三億四〇〇〇万円に上り、既に十分過ぎるほどの社会的制裁を受けている。

(8) まとめ

脱税事件について、最も刑事政策的に効果があるのは、その事案に応じた適切・妥当な量刑をすることであり、脱税金額が多額であり、脱税率が高率であるから厳罰に処すべきである、というだけの単純な発想で、いわば機械的に処理されてはならないと考える。

現在、バブル経済が破綻し、どんな大きな不動産業者も、金融機関も、高額な不動産が処分できる経済環境でないために、ノンバンクはもとより、正規の金融機関でさえも、倒産が噂に上っている重大な局面にさしかかっているのである。被告人梁は、前記のように、本件で、起訴された際に新聞等に報道されたために、金融機関からの融資が全面的にストップされ、不動産業界の極度な悪化のために手持不動産の処分ができない上、平成四年一一月末現在における金融機関からの借入金残高が、第一農林グループ三社で、合計一二四億六三七五万円に上り、その利息も年間約一〇億円近くに達しており、これらの支払いが困難な状態の中にも、現在、被告人梁の過去における信用と手腕によって、一部利息の延納や利率の引き下げを受けるなどして、辛うじて経営危機に瀕している第一農林グループ三社の経営を維持してきている実情にある。

このような重大な時期に、被告人梁が万一、実刑が確定して服役しなければならないこととなったならば、当然、第一農林グループ三社は倒産して破産し、その従業員は路頭に迷い、多くの関係者に対して多大の迷惑をかけるだけでなく、分割して納付している未納税金についても、その納付が不能となり、また、被告人梁及び関係法人に対する罰金の納付も不能となることは必定である。

このような緊迫した情勢下にあることを十分御賢察賜わり、また、被告人梁及び妻の病状、本件違反の動機・態様、脱税金の使途、脱税した税金の納付状況、他の重大脱税事件に対する量刑との比較等、諸般の事情を十分にお酌み取りいただき、被告人梁に対する懲役刑については、ぜひ、執行猶予の温情ある判決によって、再起の道を歩むことができるよう道を開いてやっていただきたい。

2 被告人大谷興産株式会社及び被告人大農建設株式会社について

(1) 被告人大谷興産株式会社は、バブル経済の破綻により、平成四年一〇月期決算で、売上高が僅か一一五二万円余に過ぎず、他方、収支決算の結果は、当期損失が、一億七七一一万円余となっており、これに繰越損失一億〇六五七万円余を加えると、当期未処理損失は、実に二億八三六八円に達している。

被告人大谷興産株式会社は、本件脱税の結果、重加算税等が加算されるため、納付すべき国税・地方税等の総額は、六億九四三七万七四〇〇円となり、そのうち、平成五年九月三〇日までに、五億五〇五六万〇一三一円を納付しているが、その余の未納分について、現在、分納に鋭意努力中である。

右の現状にかんがみ、罰金七〇〇〇万円を納付することは、非常に困難であり、もし、会社が倒産したならば、現在まだ残っている分割納付中の税金の支払いすらできなくなることは必定であるから、本件違反の動機、脱税による利益の使途等をも併せ御考慮いただき、いささかでも罰金額を軽減していただくよう、温情ある御判断を賜わりたい。

(2) 被告人大農建設株式会社は、被告人大谷興産株式会社と同様、平成四年一二月期の決算によると、売上高は、二億六六九〇万円余であるが、他方、収支決算の結果は、当期損失が、一億七三一一円余となっている。

被告人大農建設株式会社は、本件脱税の結果、重加算税等が加算されるため、納付すべき国税・地方税等の総額は、六億七三三二万一一〇〇円となり、そのうち、平成五年九月三〇日までに、五億一二一四万七一六〇円を納付しているが、その余の未納分について、現在分納に鋭意努力中である。

右の現状にかんがみ、罰金六五〇〇万円を納付することは、非常に困難であり、もし、会社が倒産したならば、現在まで残っている分割納付中の税金の支払いすらできなくなることは必定であるから、本件違反の動機、脱税による利益の使途等をも併せ御考慮いただき、いささかでも罰金額を軽減していただくよう、温情ある御判断を賜わりたい。

三 結語

以上、縷々述べたように、本件被告人らに対する第一審判決の量刑を是認して、弁護人の各控訴を棄却した原判決の刑の量定は、甚だしく重きに失して不当であり、これを破棄しなければ著しく正義に反するものと思料するので、原判決を破棄の上、適切な御判決を賜わりたく、上告に及んだ次第である。

以上

別紙一

別紙二

別紙三

別紙三

別紙三

別紙三

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